「ヴィオラ母さん」を読んで

4月に体調を崩した時、寝ているしかなくて久しぶりに本を読んだ。
そこから読書にはまっている。

こんな時読む本は決まっていて、本棚の司馬遼太郎作品を順番に出して読む。
新刊は、ほとんど買わない。

いつものように『項羽と劉邦』を読み、『世に棲む日日』を読んだ。
その途中、天満屋の仕事とかで実家に帰った際に本屋に行く機会があって
ずっと気になっていたヤマザキマリさんの著書を買った。

この方のお母さんのお話で、実家にて一晩で読んでしまった。
帰りにヤマザキマリさんの他の本を購入して帰った。

ヤマザキマリさんのお母さんリョウコは、27歳にして単身、北海道への移住を決意する。
東京の良家のお嬢様だった彼女は、会計事務所に就職して職も安定していたわけだが、そういったものを投げ捨て、周囲の反対も振り切って音楽の道に踏み出すのである。
単行本『ヴィオラ母さん』はそういったリョウコの半生を描いた作品である。

僕も、色々あって高梁に移住したわけだが、この本を読んでなんとなく共感できる部分があった。
それは、これまでと違う生活に踏み切ろうとするときの少しの希望と大きな不安に関してだ。

リョウコ程ではないにしても、やっぱりそれまでの生活を一変させる決心だったし、
僕の場合は、子ども達の運命を変えてしまうということについて悩んだ。
特に、にこは小学校を転校することになる。友達と会えなくなる。
はじめだって、保育園での生活があったわけだ。
それが一変してしまうことに対してすごく不安だった。

僕の場合、リョウコのように、芸術への強い熱意や夢があって移住を決めたわけではない。
高梁で葡萄御殿を目指そうと思ったわけでもない。

ただ、その時の自分の人生(家業を継ぐこと)にどうしても納得がいかなかったこと。
このままだと担い手がいなくなる高梁の地で農業を覚えるなら今しかないと思ったこと。

その2点で高梁で半農半商をやろうと決めた。

今はまだ自分の人生がうまくいっているのか、子ども達が幸せなのかどうか全然分からない。
ただ、1年経った今言えることは、毎日の営みが整っているということだ。

この先、どんなことがあるか分からないけど、1日に感謝し続けられる自分でありたい。

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