袖振り合うも…

朝、岡山駅のパン屋さんでコーヒーを飲んだ。
展示会の開場時間より早く岡山に着いたからだ。
カフェスペースでコーヒーを飲みながらブログを書いていたら、斜め向かいに眼鏡をかけた高齢の女性が座っていた。
そこの段階で僕はマスクを忘れた事に気がついた。
また買わないといけない…。

その高齢の女性と何か話したわけではなく、ただ斜め向かいに座っていただけである。
パン屋を後にしてマスクを買い、展示会場に着いた。
お客さんがいたので挨拶をして、お話を少しした。

その後イチロー店長と談笑して、僕は「うめださん」のところへ行った。仕入れと納品のためだ。
その移動の途中で目の前を歩いていたのが、先述の眼鏡をかけた高齢の女性だった。
斜め向かいに座っていたあの人だ。
その女性は僕に気づくこともなく薬局に入っていった。
相手は確実に僕のことを記憶すらしてないだろうけど、僕はすぐ分かった。
別に何か特徴があるわけでもない、至って普通の人だ。

人というのはどういう仕組みで見たものや人を記憶するんだろう。
英単語とかは全然覚えれないのに。

朝行ったカフェにはもちろん、その高齢の女性以外にも人はいたわけだけど、誰がいたかなんて覚えていない。
この女性のこともちらっと視界に入ったくらいの印象でしかない。
それなのに数時間後にふっと前を観た時に『あ、あの人だ』と思い出せたのはなぜだろう。

袖振り合うも多少の縁というけど、短時間に2度会うというのも多少の縁なのかな。
人は何度か生まれ変わっていて、生きてるうちに出会う人は、前世でも何らかの関わりがあった人だという説がある。

愛子さんは前世で友達だったかもしれないし、息子は前世で父親だったかもしれない。
市役所の人たちは前世でクラスメイトだったかもしれない。
娘は遠い先祖の生まれ変わりかもしれない。

あの高齢の女性も前世でなんかの関わりがあったのかもしれない。


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